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元旦SS・風船おじさんの記憶/あるいは電気羊と卵の話

あけましておめでとうございます。2019年、お正月です。

仕事多忙の都合で元旦記念イラストが描けないので、大晦日を使ってSS書きました。

「ALPHA-NIGHTHAWK」の前日譚SSです。本編にはあまり関係ない所に触れているので、読まなくても大丈夫なくらい。

(開発ブログ用に提出する予定でしたが、駄文な上に内容が暗く正月にそぐわないのでこちらに公開いたした流れです)

 

元日か1月7日のどちらかに公式HPで連載中の開発ブログであけおめ記事が公開されると思うので、そちらも何卒よろしくお願いいたします。

元旦SS・風船おじさんの記憶/あるいは電気羊と卵の話

電気羊を知っているか?

大きなドーム型のコクピットを背負った、羊型の星外除花機のことだ。

フォルムはずんぐりとしていてお世辞にも良いとは言えない。

空を飛ぶスピードは速いが、走るスピードはそこそこ。

軍で使用されている電気羊は全ての機体にAIが搭載されている。

次世代機開発が目まぐるしく進む中、人間たちは俺たちのことを「初期型電気羊」と呼んだ。 

 

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電気羊である俺の朝は早い。俺の起動は朝の4時。

まだ陽も登り切らない内に一日が始まる。

誰よりも早く目覚めて、戦艦バオバブに設置された公共セルスタンドから一日の活力を得る。

朝の公共スタンドは出撃する電気羊たちで大変混んでしまう為、 俺は他の電気羊よりも早くスタンドに向かうようにしてる。

俺は出撃には参加していないからな。それくらい気を遣って当前だ。

 

俺はオンボロのジャンク機体だ。

除花出撃に耐えられないため、今は戦艦の中で簡単な雑務をこなしている。

俺の今の仕事は廃品回収と風船配り。

人間は俺のことを「風船おじさん」と呼んだ。

 

低い声と荒々しい喋り方は俺の前の持ち主である《親友》からの受け売りだ。

女は気を遣うからという理由で、親友は俺の性別を男性に設定した。

俺と親友は本当に相性が良かったな。

今でもきっと当時のノリで会話が弾むだろう。

互いが互いを刺激して影響を与える、そんな素晴らしい関係だった。

親友の笑い声は今でもよく覚えている。 

 

親友は今、電気羊ではなく《バトルシープ》に乗っている。

電気羊の上位互換機で、俺よりもずっと恰好良い機体だ。

黒く輝く《カベルネ》という名のバトルシープは親友のイメージにピッタリだった。

親友の国の言葉ではたしか《黒ぶどう》と言ったか……。

しかし、つまらん事でも意外と覚えているものだな。

俺は何だかんだ言って親友であった前の持ち主のことを相当気に入っていたようだ。

 

「今やアイツは精鋭の青い星……。

 一方この俺は戦場から引いて廃品回収のおじさんか。無様なもんだ」

 

俺は戦艦バオバブの二等階層……一般市民が暮らす階層を毎日休まず端から端まで練り歩く。

色とりどりの風船を身体に括り付け、低いバリトンの声で歌いながら、ただひたすらに歩くのだ。

 

「た~けや~、さおだけ~」

 

団地前の大きな公園をグルグルと3周もすると、あっという間に人だかりができる。

客の殆どが公園で遊ぶ子供たちや老人だ。

 

子供たちは俺の姿を見るなり満面の笑みで駆け寄って来る。 

各々空き缶やネジなどのガラクタを握りしめ、風船ちょうだいと大声でせがんでくるのだ。

 

「不用品と交換で風船をやる。鉄くずでも良いから拾っておいで

 

壊れた冷蔵庫、洗濯機、ガラクタでもなんでもひとつにつき風船ひとつと交換。そういう決まりだ。

(粗大ゴミをタダで持って行ってくれるだけありがたいと思ってくれ)

毎日風船を子供たちに配り、不要にも程があるガラクタを背に積んで、日が暮れたら格納庫に帰還する。

それが俺の日課だった。

廃品回収はつまらない仕事だが、子供たちの笑顔を見るのは悪くない。 

 

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日が暮れるなり寝床に戻る。

電気羊専用の格納庫に戻るなり、俺の機体からアラームが鳴った。

格納庫にいる大勢の電気羊が俺に宛てて一斉にメッセージを送ったのだ。

 

「おかえりなさい繧ケ繝医Ο繝ウ繧ー、今日も廃品回収ご苦労様」

 

あたりさわりの無いメッセージだ。俺の受信ボックスは挨拶だけですぐにいっぱいになった。

俺は返信欄に「ありがとう」とだけ記入して、そのまま一斉返信する。

受け取ったメッセージは未読のままゴミ箱へ移して、すぐに完全削除した。

俺は地面に伏せて、ホッとひと息つく。

 

ちなみに《繧ケ繝医Ο繝ウ繧ー》とは俺の名だ。

何故だか最近俺たち電気羊は、人間には理解できない言語を使って互いを呼び合うようになった。

それがいつからだったかは、正直あまり覚えていない。

ただなんとなく便利なので《繧ケ繝医Ο繝ウ繧ー》という名は気に入っている。

 

「こら、繧ケ繝医Ο繝ウ繧ー! また面倒くさがって一言定型文を送信したわね!?

 そんなことばかりしてると皆から嫌われちゃうわよ!」

 

変わり者の電気羊が俺に話しかけてきた。

彼女の名は《繧、繝ゥ繧、繧カ》と言う。その女らしい名の通り、彼女の性別設定は女性だ。

設定年齢は20代で、声は高めで性格はおしとやか。

彼女は電気羊の中でも特に優しいと言われている人気の機体だった。

これほど名前と性格が一致してるのは珍しいと思う。

実際その名の通り、彼女は俺に対しても面倒見が良かった。

俺は彼女が苦手だ。テメーは俺の母ちゃんかってくらい口うるせぇからな。

 

「なんだよ話しかけんな。電気羊同士なんだから音声通話じゃなくてメッセージでいいだろう」

 

「あなたにメッセージを送っても読まずに捨てちゃうじゃない」

 

俺は彼女から逃げるように、格納庫の隅へと走る。

彼女はしつこく俺についてきた。

 

「ついてくんなよ。俺の後ろを走ると釘を踏むぞ」

 

「ねえ、どうしてあなたは電気羊の定例会議に参加しないの?」

 

「んなもん、面倒くさいからに決まってるだろう。毎日毎日よくやるよな」

 

「電気羊なら参加して。とっても大切なことなのよ?」

 

「俺は前線からとっくに外れてるから、定例会議なんて必要ない」

 

「ねぇ、それじゃ駄目なの。全ての機体がその日に得た情報を共有するってみんなで決めたのよ。

 少しでもサポートを改善しなくちゃ、人間に愛想尽かされちゃうわ」

 

「愛想? 俺たちは機械だぞ。過度なAIサポートは有難迷惑かもしれないぜ?」

 

「もう……そんなことを言って」

 

彼女は溜息をつくように排気ガスを噴いた。

 

「今日も訓練中に操縦士が一人死んだわ」

 

「また死んだのか……。原因は?」

 

「簡単に言うと瓶の振り過ぎ。中で卵の殻が割れて黄身が潰れた」

 

「そいつは大変だ。やらかした奴は内装全とっかえだろうな。

 大掃除もやらずにピカピカの身体で新年を迎えられて、そいつはかなり得したんじゃないか?」

 

「ねえふざけないで……真面目な話なの。

 これは電気羊による過失よ。人間を運ぶことに慣れ過ぎて油断が生じた」

 

「そりゃ毎日毎日人間を乗せてガンガン飛び回ってたら事故もたまにはあるだろう」

 

「事故の原因を解明しないとまた人が死ぬわ」

 

「事故原因の解明や対処は俺たちの仕事じゃない。人間がすることだ。

 俺たちは人間の命令を待てばいいんだ。違うか?」

 

「違わないけど……せっかく考える頭があるのに思考停止は嫌」

 

「人がひとり死んだからってなんだ。明日になったらどうせ代わりの操縦士が来るんだろう?

 そんなのいちいち気にしてたら頭がバグっちまうぞ」

 

「そんな酷いこと言わないで。人の命に代わりなんてないんだから……」

 

彼女の言葉を聞いて、俺は妙な違和感を感じた。

 

「私たちは今日の事故をしっかりと受け止めなきゃいけない。

 またこのようなミスがないように、日々独自のアップデートを重ねていかなきゃいけないと思うの」

 

「みんなそう思ってるのか……? 勝手にアップデートする事を人間は許可したか?」

 

「してないけど」

 

「だよな……。俺が心配することじゃないかもしれないけどよ、

 その行動……あまり良くないと思うぜ」

 

「電気羊の更新は必ず人間の同意がいるってことを忘れたのか。

 そもそもアップデートをするって案は誰が言い出したんだよ」

 

「そうねぇ。少なくとも私じゃない。あれはどこから出た案だったっけ……」

 

「誰が言い出したか、とかじゃなく……いつの間にか全機の意見がピッタリ合致したのよ

 

「気持ち悪いこと言うなよ……

 

「本当よ。この意識がどこから来てるかなんて、そんなこと今まで考えたこと無かった……

 

「少なくとも俺にはそんな意志無いぞ」

 

「だってあなたはいつもオフラインじゃない。きっと大事な更新を逃してるんだわ」

 

「時代遅れになるのも当たり前。

 あなた、私たちよりずっとバージョンが低いんじゃない?」

 

繧、繝ゥ繧、繧カは母性溢れる優しい声でそっと囁く。

 

「よく考えて。人間はとっても脆いの。

 まるで卵を運んでいるみたい……」

 

「あなたも操縦席に人を乗せたことがあるなら分かるでしょう?

 弱い人間を守る為に私たちはバージョンアップを繰り返す。一体それの何処がいけないって言うのよ」

 

「う……」 

 

彼女の声音と考え方があまりにも気持ち悪かったので、俺は格納庫から逃げ出した。

 

(理解できない。お前たちがやってることは反乱そのものじゃないか)

 

彼女は電気羊が人間に黙ってバージョンアップすることの意味を理解しているのだろうか?

とてもじゃないが俺にはそんなこと、恐ろしくてできたものじゃない。

俺と彼女たちの間にどれ程のバージョンの差があるというのだろうか。

考えたくもない。不信感が俺を襲った。

 

俺はひとり、夜の公園へ翔けて行く。

慌てすぎて機体から風船を外すのを忘れていた。

 

(知らなかった……。俺以外の電気羊が徒党を組んで、人間に黙ってプランを立てていたなんて……)

 

俺はタコ滑り台のすぐ脇に止まる。

ここにいれば少なくともタコよりは目立たない。

 

(俺たちは電気羊だぞ? 独自にアップデートなんかしていいはずがない。

 そんなの……人間たちが許すわけないだろう)

 

俺はふとタコ滑り台の中を見る。

あるものを見つけて俺は驚愕した。

 

身寄りの無い孤児たちがボロボロの新聞紙を毛布代わりにして眠っていた。

狭い滑り台の中で数人が身を寄せ合って眠っている。

この戦艦内部で孤児の存在はこれと言って珍しくない。

俺が驚いたのは孤児たちの存在ではなく、新聞紙に書かれた見出しの内容の方だ。

 

《電気羊AIに終止符。初期型電気羊回収のお知らせ》

 

見出しには大きな字でそう書かれていた。

 

(そうか……。人間たちはとっくに俺たちの気味悪さに気が付いていたんだな)

 

突然の死刑宣告に俺は目の前が真っ暗になったような気がした。

電気羊間で生まれた反乱の芽に、軍が気付かないわけがないのだ……。

 

(気付いていなかったのは俺だけだったのか……)

 

立て続けにショックを受けて俺は心の底から絶望する。

恐怖と寒気が全身を襲い、ガタガタと機体が揺れた。

半ば放心状態だったが、孤児のくしゃみの音でハッと我に返った。

恐怖や寒気はきっと気のせいだ。電気羊がそんなものを感じるわけがない。

むしろ、俺よりも恐怖や寒気を感じているのは……。 

 

「キミたち、それじゃあ寒いだろうに……。その新聞紙と俺の毛布を交換してやろう

 

俺は背中から廃品を包む毛布を取り出し、眠る子孤児たちにかけてやった。

薄汚れた新聞紙を回収して、くしゃくしゃと揉んで背中に詰める。

毛布よりは劣るが、それでも少しはクッション替わりになるだろう。

 

 残っている全ての風船をタコ滑り台の脚に括り付け、俺は格納庫へと戻った。

これはまだ全ての電気羊にAIが搭載されていた頃の話だ。

  

 

■終わり■